ご本部広前のお徳に包まれて 教会長 石黒眞樹

 あるご信者さんが、「毎月のようにご夫婦でご本部に参ってくださりありがたいのですが、よく行けますね。大丈夫ですか?」と旅費の心配をしてくださった。
 それまで考えてもみなかったが、計算してみると確かにどうやって繰り合わせができてきたのかと不思議で、それだけの出費をするのが怖くなった。
 すでに五月の参拝の予定をしていたが、どういうわけか、どの宿泊施設も常の倍以上の値で空きもない。ついには、「すぐに六月の教団独立記念祭にお参りするし、五月はやめておこうか」という気になってしまった。人間心が出てしまったのだ。

 その時に思いを馳せたのは戦後のお話だった。ご本部に参りたくても交通費がなかった静岡地方のある先生は、ご本部に向かって行けるところまで行って帰ってくるということを繰り返された。初めは安倍川まで、次には浜松まで、大阪までと、だんだんにご本部の近くへと足を伸ばしていくうちに、財のおかげを蒙られ、月参拝が叶うようになられたと聞いている。
 今日だって同じである。春のご大祭に参拝が叶えば、秋も来年もと、ご本部のお徳を頂きたいと願いを立て貯金して備えられるご信者さんばかりだ。楽に参っている人は誰もいない。そういうお手本を知っておりながら、自分はなんと愚かな思いに取り憑かれたものか。毎日、金光様のお退けの時間には夫婦でご本部広前に向かって遥拝し、そのお姿を拝させていただきたいと切に願っているのに。しかも、この度は天地金乃神大祭、さらには父五代教会長の十年祭をお仕えした御礼参拝である。

 そこで思いを変えて十八日の夜九時三十分に車で出発することにした。夜間は高速料金が割引になる。三時四十五分の金光様のお出ましをお迎えできる。
宿泊も妻の実家である尾道の栗原教会に泊めてもらえば、九十二歳の義母の元気な姿を見ることもできる。兄妹で信心の話もできる。こういう思いに至った。

 早朝のご本部広前の空気は格別だった。しっかりご祈念をさせていただき、金光様のお徳を頂けた。七十歳近い身ながら、こんな無茶ができる体力をいただいていることもありがたかった。
 もう一つおかげをいただいたことがある。私は父の式年に向けて願掛けのように伸ばしてきた髪を切る心づもりであった。
尾道には美容室を営んでいる妻のいとこがいる。彼は長らくの癌で脊髄を患い、抗がん剤治療など苦しい中を神様に心を向けておかげを蒙ってきた。車椅子ながら仕事ができる。それで、「切るのなら僕が」と言ってくれたのだ。
 彼は不自由さを感じさせず丁寧にハサミを入れてくれた。鏡に映るその面影が亡き岳父(彼にとっては叔父、前栗原教会長 藤原隆夫)そっくりで、私はもう一人の父にも見守られているような心強さに包まれた。五月十八日は岳父の四年目の命日であった。

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